ノイローゼからの脱却
メンタルヘルス友の会では神経症の克服を始め、生きる目的、強く生きる、心を癒す、子育て、人間関係、男と女、親の恩など様々な事を学んでいます。



2007.08.14  Kさんのノイローゼ克服-2

ノイローゼからの脱却 メンタルヘルス友の会 K 


子供の頃から赤面症で人前で意見を言ったり、話をする事は、緊張し苦手にしていました。やがて中間管理職になり、会社を改善するために話をし合ったり、意見を言わなければならない状況になり、非常に堅苦しく感じていました。今までは不満があれば好き勝手文句を言っていればいい立場が一転、自分がその中心にいて、逃げる事が出来ない立場になっていました。

部下にきついスケジュールの中仕事を頼むと「反抗されるだろうな・・・」上司に言っても「聞いてくれないだろうな・・・」と不安が心の中を駆け巡り、話をする時に声が震えたり、手が震えたりするようになりました。その後も苦手な状況下になると症状は続き、最悪の時期は友達とちょっと口論する程度で症状が出るようになり「人と話したくない・・・」という気持ちが次第に強くなりました。

そんな状況が8年程続いていた頃、当会のポスターを見て体験談に参加させて頂き、今まで間違った行動や考え方をしていた事に気付かされました。

私は子供の頃から「苦しみから逃れる」という姿勢で生きて来ました。ですから会社で、責任が逃れられない立場になった時、神経症という結果が表れたのは当然だったと気付く事が出来ました。「苦しみは野良犬みたいに逃げれば噛みつくし、向かえば逃げるもの」と教えて頂き、今までの生き方が間違っていたと実感させられました。

そしてさらに、「無常の幸福を追い求め、仕事に人生の充実を得る」という事も間違いであると教えて頂きました。

私の仕事は不規則で、忙しい時期には2,3日会社に泊まる事は日常茶飯事でした。そのような中「これだけ仕事をしているのだから、俺は充実しているはずだ」と自分に言い聞かせていました。

そんな時、生き方療法から「仕事は手段」「人生にはもっと大切な事がある」と教えて頂いた事で、私の仕事に関する考え方が除除に変わって行きました。今までは人生の大半を費やしていた仕事で、高い評価を得る事が、自分の中ではすごく大きな部分を占めていました。ですが、生き方療法のお話を思い出し「仕事は手段」と思うと気持ちが楽になり、肩肘張っていた感覚がなくなり、対人恐怖ノイローゼもほぐれるようになりました。そしてお話を聞き続ける事で、一生懸命働いて例え大金持ちになっても、人間の底無しの欲が、もっと上を求め、その結果空しさしか残らないという「無常の幸福」の限界が感じられるようになりました。「人生で最も大切な事、それは金剛の幸福になる事」と生き方療法が教えている事が、私の心にも生まれて来ました。皆さんもお話を続けてお聞きする事で、同じ心境になって頂けると思っています。




2007.08.13  Kさんのノイローゼ克服-1

ノイローゼからの脱却 メンタルヘルス友の会 K 


私はメンタルヘルス友の会に出会うまで対人恐怖ノイローゼで悩んでいました。

私は子供の頃から赤面症で人前で意見を言ったり、話をする事は、緊張し苦手にしていました。なので小学校の頃から「人前で話すのが苦手だから」と言って、嫌な事から逃げるようになりました。社会人になってもこの姿勢は変わりませんでした。

やがて中間管理職になり、会社を改善するために話をし合ったり、意見を言わなければならない状況になり、非常に堅苦しく感じていました。今までは不満があれば好き勝手文句を言っていればいい立場が一転、自分がその中心にいて、逃げる事が出来ない立場になっていました。

部下にきついスケジュールの中仕事を頼むと「反抗されるだろうな・・・」上司に言っても「聞いてくれないだろうな・・・」と不安が心の中を駆け巡り、話をする時に声が震えたり、手が震えたりするようになりました。その後も苦手な状況下になると症状は続き、最悪の時期は友達とちょっと口論する程度で症状が出るようになり「人と話したくない・・・」という気持ちが次第に強くなりました。

そんな状況が8年程続いていた頃、当会のポスターを見て体験談に参加させて頂き、今まで間違った行動や考え方をしていた事に気付かされました。


次回はKさんが、どのように生き方療法で立ち直ったかをアップします。



2007.08.12  Tさんのノイローゼ克服-2

ノイローゼからの脱却 メンタルヘルス友の会 T 


高校入学と同時に「友達の作り方」というテーマで頭の中はいっぱいになり、そのうちに会話に自信が無くなり、話題も浮かばなくなり、自分の視先や顔の表情、相手の反応一つ一つが気になり始めました。そして遂に家族に対しても緊張する様になり、話もまともに出来なくなりました。

何もやる気が起きなくなった私は、その後は適当に専門学校に入り、適当に就職をし、適当に相手を見つけて、適当に結婚しました。しかし、どんなに月日が流れても「対人恐怖ノイローゼを治して友達を作りたい」という気持ちだけは、飽きもせずいつも真剣でした。

症状を治す為にあらゆる事をしました。カウンセリング、森田療法、催眠療法、禅寺で座禅・・・沢山のお金を使いましたが、何一つ症状を改善してくれるものはありませんでした。

そんな時、インターネットでメンタルヘルス友の会を知る事が出来ました。会に参加させて頂いた当初の私は、とにかく症状がきつく、スタッフの方々や参加者の方々に対して緊張していて、まともにお話をお聞きする事すら出来ませんでした。が、途中、子供が出来て、子供の為にもまともになりたいと、それまでにも増して焦りを感じた私は、少しずつ参加回数が増えていき、会に対する緊張感も和らいで来ると同時に、生き方療法のお話やスタッフのお話が心に入ってくる様になりました。

生き方療法は、私に「独生独死独去独来」を教えて下さいました。人間は生まれて来る時も、死ぬ時も一人きりであるという事ですが、初めの頃の私は当たり前の事をおっしゃっているとしか感じませんでした。でも何度も聞かせて頂くうちに「友達がいないのが真の人間の姿」だという事に気付かせて頂きました。ありもしないものを追い求め、当て力にしようとしていた事に苦しみの原因があったのです。その間違った考えを何十年もの間正しいと信じて来た私は、何度も何度もお聞きしなければ理解する事など出来ませんでした。

メンタルヘルス友の会の行事に参加される方の中には、きっと一度か二度お話を聞いただけで、あきらめて来なくなる方もいらっしゃると思います。でも、必ず気付かせて頂ける日が来ます。あきらめずに何度でも足を運んで下さい。


2007.08.10  Tさんのノイローゼ克服-1

ノイローゼからの脱却 メンタルヘルス友の会 T


こんにちは、私はメンタルヘルス友の会のTと申します。私は長い間、対人恐怖ノイローゼで悩み、苦しんでいまいりました。

それは高校入学と同時に始まりました。気が付くと私は仲良くなった友達といつも2人きりで過ごしていて、クラスで自分達は浮いているのではないかと意識する様になりました。

中学生までの私は、自分では友達も多くクラスのみんなと楽しくやっていたつもりだったので、その状況に驚きそして早く大勢友達を作って、クラスにも馴染み、一刻も早く安心したいと強く願いました。

でも焦れば焦るほど、私の思いは空回りし、1ヶ月が過ぎ、2ヶ月が過ぎても状況は変わりませんでした。

私はそれまで「友達の作り方」など考えた事も無かったのですが、それからというものそのテーマで頭の中はいっぱいになりました。

そのうちに会話に自信が無くなり、話題も浮かばなくなり、自分の視先や顔の表情、相手の反応一つ一つが気になり始めました。そして遂に家族に対しても緊張する様になり、話もまともに出来なくなりました。

学校にも家にも居場所が無くなった私は、何もやる気が起きなくなり、上位で入ったはずの高校を下位に近い成績で卒業しました。その後は適当に専門学校に入り、適当に就職をし、適当に相手を見つけて、適当に結婚しました。何かに努力をする事も無く、汗もかかずして、本当に適当に進路の駒を進めて来た私ですが、どんなに月日が流れても「対人恐怖ノイローゼを治して友達を作りたい」という気持ちだけは、飽きもせずいつも真剣でした。

症状を治す為にあらゆる事をしました。カウンセリング、森田療法、催眠療法、禅寺で座禅・・・沢山のお金を使いましたが、何一つ症状を改善してくれるものはありませんでした。


次回はTさんが、とのように苦しみを克服したのかをアップします。お楽しみに。


2007.08.09  Mさんのノイローゼ克服-2

ノイローゼからの脱却 メンタルヘルス友の会 M 


前回は、テレビで「来年は花粉が大量に飛び、花粉症の人にとって大変な年になるでしょう」と言うニュースを聞いたのをきっかけに、強迫観念ノイローゼになってしまい、それからはともかく予知不安で心の中がいっぱいになり、ともかく起きていたら疲れるというような生活をしていました。そしてこんなふうになってしまったのは、すべて母の育て方が悪かったからだと母を恨んでいた、Mさんがどのようにノイローゼ(神経症)を克服したのでしょうか。


そんな中、ポスターを縁としてメンタルヘルス友の会を知り、生き方療法に出会う事が出来たのです。そして、親を恨む事の愚かさや、因果の道理を教えて頂きました。自分が受けた悪い結果は、全て自分が過去にやった悪い行いが返って来た事を知りました。母のせいではなかったのです。恨むどころか恩を感じなければならない対象だったのです。こんな我ままな私を一生懸命育ててくれた。口はきついですが愛情はとても深い事、優しい母だった事、今では本当に素直にそう思えるようになりました。今まで全て人のせいにして、何一つ良い種まきをしてこなかった私でしたが、これからは今までの自分を反省し、少しでも良い種まきが出来るように努力して行きたいと思います。

そして全ての苦しみは死から来る事を知り、人生の目的は死の解決である事を教えて頂きました。死から目を離さず、逃げずに直視し、死が来ても壊れない大満足、大安心の「金剛の幸福」に向かって日々努力して行きたいと思います。


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